ベルサイユ宮殿のきらびやかな雰囲気は、そこで行われている会議で交わされている重苦しい意見や主張の前に押し殺されていた。あまりに互いの意に反する交渉内容に、役人たちは紫煙とともに溜息を吐き出す。
「――まず、南ドイツ諸国が求める、統一ドイツでの特権や留保権」
プロイセン首相ビスマルクが、感情など微塵も含まない声で言う。これにバイエルンを始めとする南ドイツの諸侯は注目した。ビスマルクはそれに意を介さず続ける。
「これは認めましょう。特にバイエルン王国には――」
この言葉に、バイエルン国王の代理として出席していた王弟・オットーは身を乗り出した。
「バイエルン軍及びバイエルン王国独自の外交使節を持つことを了承します」
これに王弟は安堵した様子で、再び着席する。
その一方で、北ドイツ連邦議会の議員や、ビスマルクの後ろでそれを聞いていたプロイセン国王ヴィルヘルム一世は苦々しそうな表情を浮かべていた。
「それと、別件でもう一つ」
国王の機嫌を知らぬであろうビスマルクは更にこう告げる。
「統一ドイツ連邦の名前。これを“ドイツ帝国”と名付け、国家主席に当たる役職を“ドイツ帝国皇帝”としたいのですが、如何か?」
この意見に、会議場は歓喜に湧いた。賛成の言葉を投げる者も居る一方で、国王は苛立ちを隠せなかった。
「ビスマルクめ」
彼は怨嗟を吐いた。
「フランスへの憎悪だけの為に集まった諸邦から出来た醜い息子に、“ドイツ帝国”などという、なんとも由緒正しき名を与えてしまうとは。恐るべき天才めが!」
*
「じゃあ神聖ローマ、永遠に。アデュー」
俺はその時、「やっとこの呪縛から開放される」と、ご機嫌そうにそう言って、ギロチンの鎌のように剣を振り下ろした――。
否、“振り下ろそうとした”。
剣を振り下ろし、切っ先が神聖ローマの細い首元を切り裂く寸前までいって――いっていたのに、俺はそこで手を止めてしまったのだ。
「――え」
神聖ローマは既に自分は殺されたものだと思って気絶していた。俺だってそこで確実に殺してしまうつもりだった。けど、その時、神聖ローマの瞼の閉じられた目から、涙が一筋零れるのを見てしまった。
「え、え?」
俺はそれに驚いて、神聖ローマから飛び退いて――震える手元から剣を取り落とした。からんからんと、金属が床に打ち付けられる乾いた音が部屋に響く。その音で、やっと自分が神聖ローマを仕留め損なったことに気づいた。
「何で、なんで?」
もう、自分が神聖ローマを仕留め損なったことに苛立っているせいなのか、それとも神聖ローマが涙を零したことに驚いているのか分からなかった。混乱してしまって、息がだいぶ荒れている。
とりあえず、深呼吸して息を整える。そして、結局殺せなかった神聖ローマをどうするか考えなければ。
「……違う、こいつは神聖ローマ『だったもの』だ」
とにかく、名実ともに神聖ローマというものはなくなった。今ここにいるのは、俺と神聖ローマ『だったもの』――つまりは何者でもない空っぽの器――だと考えを切り替える。切り替えて、そこで思い出したのは“あのお方”がやっていることだ。
「そうだ、“ライン同盟”」
ライン同盟というのは、神聖ローマの代わりに“あのお方”がお作りになろうとしている国家連合だ。オーストリアやプロイセンなどのドイツ諸国ではなく、俺が――フランスが主導権を持つ、つまりは俺のための従属国だ。
「確か、あそこは未だ誰もいなかったはずだ――よし」
そうとなれば話は決まりだ。こいつを“ライン同盟”にしてしまおう。こいつは元・神聖ローマ、ドイツの奴らも文句一つ出せないだろう。何より――
「この空っぽの容れ物に、何が出来るんだってんだ」
*
「――って、思ってたらコレだ」
と、砲撃を絶え間なく受け続ける我が心臓を自嘲気味に指さして、俺――フランスは隣に座る新しい友人に笑いかける。友人は双眼鏡を覗いて、既にボロボロのパリと、遥か彼方のプロイセン軍を見比べているようだった。俺は構わず続ける。
「結局のところ、俺は自分で自分の墓穴を掘っちゃったわけさ」
そう言う間に、砲弾の撃ち込まれる音が聞こえた。友人は小難しいといった顔をして、「はぁ」と首を傾ける。
「それは相手を、善意でなく悪意から助けたからでは?」
「いや、違うね」
俺は友人の考えを否定して、
「相手は、俺が悪意であれ善意であれ助けたからには必ずやり返しただろう。直接間接問わず」
「そういうものですか、欧州とは」
「欧州もそうだし、世界中、どこでもだよ、大日本帝国」
俺が友人の名前を呼ぶと、友人はこっ恥ずかしげに「日本で結構です」と返す。それに俺は呆れて、
「それだからナメられるんだよ」
と言い放った。日本は驚いた様子だ。
「ええっ?!」
「だーかーらー……はぁ」
この新しい友人は極東の島国の国の化身だ。そんな彼が何故ここにいるかと言えば、今回の戦争に観戦武官として参加している自国の軍人に付いて勉強に来たがためだ。しかし、それを彼は「そんな偉いものではないのです。単に皆が私を何かにつけて外に出したいだけなのです、社会復帰とか言って」と苦笑する。
「けど、これで戦争も変わるかな」
「えっ、そうなのですか?」
俺の呟きに、日本はきょとんとする。――驚く場面が多いのは、ずっと引きこもっていたせいなのだろうか。俺は、これもこの友人の社会復帰の手伝いだと思って説明する。
「一つは、軍事方針の中心になる軍事理論の転換かな。今まで我がフランス軍は、ずっととあるスイス軍人の立てた理論を元に方針を決めていたんだけど、プロイセン軍にはそれが通じなかった。……つまり、相手は俺達の知らない理論で動いている可能性があるね」
「成る程」
そう言いながら、日本は背を少し丸めてノートを取っている。勉強熱心だなあ。俺は先生気分になりながら続けた。
「二つ目は、――そう、国家元首である皇帝が退位した後も、この前まで要塞軍が抵抗していたし、今ではパリで国民が、勝手に自分達で政府を作って戦ってる。こんなの今まで考えられなかったことだ」
「国民が直接戦うということがですか?」
「そう、昔は国家の正規軍同士の戦いだけだったんだけどね――嫌だねえ、戦争は王様のチェスだったのに」
そう面白おかしく言うと、日本が納得いかなさそうな表情をした。貴方が言いますか、とでも言いたいのだろう。
「ほんと、顔だけでなくて口でもモノを言えれば良いのになー、日本は」
俺は笑う。すると、今度は本当に分からなかったらしく、戸惑いながら、
「え、何がです」
と言う。俺は微笑んで、
「だから、日本も方針転換するんだろ? 今回負けちゃったし」
この言葉に、日本は目を丸くした。そして、観念したといったような、脱力したような顔をして、「フランスさんには敵いませんね」と呟いて、
「貴方の仰るとおり、我が国の政府は今回の戦争の結果を受け、軍隊の手本をフランスからプロイセンに変更することを決定しました」
申し訳ございません、と付け加えて、彼は頭を下げる。このポーズにどう反応すれば良いか、毎度悩むのは俺だけなのかな……? 俺は苦笑して言う。
「何謝ってるの?! 別に謝らなくて良いし、日本は正しい。“勝てば正義”って言うし」
「“勝てば正義”?」
「ああ、海向こうの坊ちゃんの家の諺だよ」
「? ――それは、“勝てば官軍”みたいなものでしょうか?」
「分からないけど、合ってると思うよ」
また、遠くから砲弾が飛んでくる音がした。その音が合図だったかのように、日本は立ち上がり、踵を返す。
「それでは、今まで有難う御座いました。またの機会に」
「――じゃあ、最後に世界に漕ぎ出す大日本帝国のために、もう一つだけ」
俺も立ち上がって、目をぱちくりさせる友人に言った。
「“油断なく、気をつけて”ね」
「は――えっと――」
「これは諺じゃないから、覚えなくていいよ」
*
『今日からお前も“王国”だ、喜べプロイセン!』
『プロイセン、お前を必ずや、大国の地位につけてやろう!』
『貴方を救うために、貴方を踏み台にします……プロイセン殿?』
『ギルベルト――いや、プロイセンよ。前を向き、そして進んでくれ。お前はお前なのだから』
『未だ生きてたの、プロイセン』
『貴方、変わってますよね、プロイセン殿』
『――プロイセン』
『――プロイセン!』
「――プロイセン!」
怒鳴るような声で目が覚めた。目をぐるりと動かして目線を上に向けると、髪と、ついでに気の短い男がこちらを見下ろしていた。
「さっさと起きろ、プロイセン。会議、おおかた終了しちまったぞ?」
その男の言葉に、寝ぼけ眼でしゃがんだ姿勢からマントにくるまったまま立ち上がろうとした、その瞬間、俺――プロイセンは勢い良く、机の端に頭をぶつけた。ガン、といういい音がし、起こしに来た男が吹いたのが聞こえた。
「今ので目ェ覚めたか?」
「うるせえぞ、バイエルン」
遠慮無く大笑いしながら言う男――ドイツ諸邦の一人、バイエルンだ――に、俺は言い返す。バイエルンは「わりい、わりい」とか言いながらも、未だ腹を抱えて笑いを堪えていた。――こいつは昔から何かとむかつくので困る。
「てゆーか、何だよその体勢は。ちゃんと寝床で寝たらどうなの?」
バイエルンに指摘されて、やっと自分の睡眠時の体勢が一般的でないことに気付く。
俺は、今までマントに蓑虫のようにくるまったまま、机の柱に跪くように体重を預けて眠っていたのだ。当然、額には縦に柱の痕がつくのだが。
ムカつくけれど、これは説明せざるを得ない。
「昔――解放戦争の頃か。俺のところの参謀総長が忙しい時にやってた睡眠方法だな。最近も会議ばっかで忙しいだろ? それで思い出してよ。座って寝るより楽だってんで真似したらハマって、つい」
「……馬鹿なの?」
……一言多いな、こいつ。
思っていたら、バイエルンは急に用事を思い出したように笑顔を引っ込めた。
「とりあえず、さっさと準備しろよ。オーストリアさんから、お前に電話が来てるってよ」
*
『おはようございます、プロイセン。朝からすみません』
だいぶ久しぶりに聞いたオーストリアの声は、電話越しながら、随分と澄み切って聞こえた。それに呆気にとられながら、俺は返事をする。
「よう坊っちゃん。元気にしてたか?」
『ええ、だいぶ。そちらもお変わりないようで何よりです』
「おうよ、傷一つしてないぜ! ――んで、どうしたんだ、何かあったか?」
俺は坊っちゃんに、電話をかけてきた理由を訊ねた。滅多に電話などかけて来ない坊っちゃんのことである、何かあったに相違ないのだが。オーストリアは答えて、
『それがですね……と、落ち着いて聞きなさいプロイセン』
さっきまでの挨拶口調から打って変わって、オーストリアは冷静に話し始めた。
『ルートヴィヒが、屋敷から出て行きました』
「何だと?!」
唐突なその知らせに、オーストリアに「落ち着きなさい」と言われたにも関わらず、俺は叫んでいた。俺はハッとして、背後に控えていたバイエルンのほうを見た――奴も俺の絶叫に、何事かと眉間にしわを寄せてこちらを見ている。俺は務めてバイエルンに会話が聞こえぬよう小声で訊き返した。
「……それは本当なのか?」
『ええ。一昨日の晩まではいたのですが、察するところ、貴方が戦争から戻って来ないのにしびれを切らしたのでしょう。昨日エリザベータが彼の部屋を見に行った時には、既にもぬけの殻でしたよ』
オーストリアはこちらの状況を知ってか知らずか、かなり冷静に応答してくる。俺は無性に腹が立って、不意に
「待ってろって、言ったのに」
と呟いていた。当然、それを聞いているオーストリアは、それが自分に向けられた言葉だと勘違いしたのか
『貴方だって、連絡の一つも差し上げなかったではないですか、このお馬鹿さんが』
そう言い返して来た。――ぐうの音も出ない。オーストリアは小さく溜息をついてから、
『彼に預けていたプロイセン軍服も、一緒になくなっていますから、おそらくはそちらに向かったと思われます。とにかく彼を信じなさい。彼も子供ではないのですから』
そう言って、坊っちゃんは電話を切った。
*
「――本当に大丈夫でしょうか」
プロイセンへの電話を終えると、側で今までの電話を聞いていたエリザベータが口を開いた。私が答えずにいると、エリザベータはこちらをじっと見て、
「あの、失礼ですが。ローデリヒさんはルッツを見送ったんですよね?」
そんなことを訊いてきた。
「――どうしてそう思うのです?」
私――ローデリヒという――は訊き返す。
「だって、プロイセン軍の軍服が仕舞ってあったのは、“ローデリヒさんの”衣装部屋です。ルッツが勝手に出て行かないようにローデリヒさんが預かってたのに、ルッツは軍服ごと出て行った。それって、ローデリヒさんが軍服をルッツに手渡した上でないと無理で、つまり……」
ここまで言って、彼女は顔を赤らめて言い淀んだ。そして、
「……出しゃばったことを言ってすみません……」
もごもごと謝った。私は思わず笑みをこぼして、
「謝らないでください、その通りですから」
その言葉に、エリザベータも微笑んだ。
「あの、出しゃばりついでにもう一つ訊きたいことがあるのですが……」
エリザベータが、急に畏まって言う。
「何ですか?」
「今更ですけれど……何で、今回フランスに味方しなかったのかなって……」
私はその質問に、思わず顔をしかめた。エリザベータが途端に不安そうな顔になる。
「ごめんなさい、つい――」
「いいえ、大丈夫です」
エリザベータが再び謝ろうとするのを遮って、私は質問に答えた。
「――フランスは以前、メキシコ出兵の際、ハプスブルク家の者をメキシコ皇帝の座に就けたことがあります」
もう五年も前のことですが、と私は付け加えて、更に続ける。
「結局、プロイセンが勢い付いてきたのもあって、フランス側が撤退してしまったのは、貴方もご存知の通りです――が、メキシコ皇帝であるマクシミリアンは、それを了承しなかった。マクシミリアンの側は単独で抗戦し続け、……二ヶ月後にゲリラ側に逮捕され、呆気無く銃殺されてしまいました」
私は喜劇を語るかのように話しているものの、それを聞くエリザベータは、まるで悲劇を聞いているようだった。
「マクシミリアンが大人しくフランス軍とともに撤退すれば良かったのですが、我が皇帝をはじめ、王家の方々や国民たちには、フランス側の行動は良いものに映りませんでした。――そういった訳で、今回は傍観者の側に回らせていただいたのです」
「だからあの時プロイセンは、オーストリアさんが『フランス側に回るわけが無い』って言ってたんですね。オーストリアさんもフランスを快く思っていないから!」
「そうですね」
エリザベータの言葉を首肯して、私は更に
「単純に、『統一ドイツとの同盟を無下にする訳にもいかない』という考えもありましたが」
とも言った。
「さて、この屋敷も寂しくなりますね」
私が呟くと、エリザベータが肩を寄せて来た。
「私が居ますから。私がオーストリアさんをお守りしますから、大丈夫です!」
笑ってそう言う彼女に、
「そうですか」
私も微笑んでそう返した。
「お礼に『美しく青きドナウ』でも弾いて差し上げましょうか」
*
「おい。ルートヴィヒが行方不明って、本当なのか?」
「でかい声で言うなよ」
電話を切って早々にそう質問してきたバイエルンに、人差し指を口に当てるポーズを取ってから、俺――プロイセンは回答する。
「――ああ。一昨日までオーストリアの屋敷に居たらしいが、昨日の朝になって軍服ごと消えていたらしい。こちらに『向かったと思われ』るって、あの腐れ坊っちゃんは言ってるけどよ」
「オーストリアさんを『腐れ坊っちゃん』って言うのやめろよ豚野郎」
「誰が豚野郎だ金満野郎」
バイエルンの暴言に暴言を返していた。――ふとバイエルンの背後を見ると、大の男で人集りが出来ている。振り向くと、俺の後ろも同じようなことになっていた。――やばい。
「……おい」
俺はバイエルンを突いてそれに気付かせてやった。俺は咳払いをして誤魔化すと、バイエルンも焦った様子でそれに続く。すると、男たちはすごすごと立ち去って行った。もうすぐ統一とはいえ、未だ別個の国家なのだ。ここで事を荒立ててはいけない。
俺は一触即発の自体を避けられたことに胸を撫で下ろすと、本題に戻った。
「とにかく、ルートヴィヒはこちらに向かってる。俺は今日あたり迎えに行くつもりだったが、早いに越したことはねえ。考えようによっては好都合だ」
俺が言うと、バイエルンは反論した。
「いや、俺たちにとっては、ルートヴィヒが今日来ようが明日来ようが関係無い。問題なのは、ルートヴィヒが安全かつ確実にここに来ることが肝要なんだからな」
「お前なぁ……今更兄馬鹿かよ」
俺が冗談半分にツッコむと、バイエルンは
「当然だろ? 何より俺たちの弟だし、俺たちのライヒだ。それに、」
意外な言葉を投げてきた。
「俺たちはプロイセン、お前が帝国になるのを歓迎しない。お前がドイツ統一を果たすにはルートヴィヒ――お前はどうせ、元・神聖ローマであるルートヴィヒを統一ドイツであるドイツ帝国にするんだろうが――俺たちの弟の存在が必要不可欠だ。その点ではお前がルートヴィヒのことを一番心配してるんじゃないか? だから俺はお前ほど兄馬鹿してないぜ」
バイエルンの言葉に、俺は少し驚いた。実を言うと、俺は今まで大国の――主にオーストリアの――言いなりなっていたこいつが、そこまで見抜いていたとは思わなかったのだ。
俺はバイエルンに訊いた。
「――いつから気付いていた?」
「フランクフルト国民議会のあたりからだな」
答えを渋るかと思いきや、意外とすんなりとバイエルンは回答した。
「思えば、あの時からお前の様子は変だったし――実質的にはお前が俺たちの中では一・二を争うほど勢力が大きいとしてもだ――それに、元々“反帝国”の筆頭であるプロイセンがドイツ統一なんて言い出すとか、誰が考えてもおかしいだろ?」
冗談っぽくバイエルンは笑う。その一方、俺の中で、急速に心が静まり返ってゆくのが分かった。
「それで?」
その冷たい心のままに、俺はバイエルンに訊ねた。
「ここで俺をどうこうするつもりか? 何のために自分たちのライヒである弟を利用するか分からない“反帝国”国家から、その愛すべき弟を守るために?」
「――俺にそんな実力があると思うのか、プロイセン?」
俺もそうだが、バイエルンも冷静だった。バイエルンは俺の目的を見抜いていたのみならず、自分自身の実力もちゃんと理解している。
「旧ドイツ連邦の中で第三の勢力を持つバイエルン王国とはいえ、第一と第二の間にだいぶ差がついて第三だ。それに、オーストリアさんが倒れた今、俺はどうすることも出来無い」
本来牽制されるべきバイエルンが、元来牽制するべき俺をそうするように続ける。
「それにどうこうする気もない。先程終わった会議で、我がバイエルン王国の権限をドイツ帝国の元でも続けて認めることを、お前のところの首相――ビスマルクって言ったっけか? が、自分自身の口から言ってたしな。だいぶ金も貰ってるし、何も言うことはねえよ」
ありがた迷惑だけどな、とバイエルンは付け加えた。
「じゃあ別に不満なんて無いだろ。――ってか何だよ、“ドイツ帝国”って。誰が言い出したんだそんなの」
「そのビスマルク首相が言い出したんだよ! お前のとこの首相だろ……ってああ、お前いなかったんだっけか?」
俺の知らぬ間に、ビスマルクはまたとんでもないものを閃いたようだった。だが、何よりもその“ドイツ帝国”という言葉にバイエルンが陶酔している様子なのがおかしい。
「おう、お前が起こしに来るまでガッツリ寝てたぜ。てか、“ドイツ帝国”ね……、国家主席の名前もどうせ“皇帝”なんだろうが、お前はこういうのが好きなのか?」
ノリノリのバイエルンに俺は訊ねた。
「だって“皇帝と帝国”だぜ?! 格好良くないって言うほうがおかしいだろ」
「……よく分かんねえけど、こういうのが受けが良いっていうのはよく分かった」
――また立場が悪くなったら使おう。俺がそう思った矢先、バイエルンはしかめっ面で俺に言った。
「でもお前のところの王様には受け悪いみたいだな、ずっと戴冠の要請を突っぱねてるって聞いたぜ?」
「……なんだと?」
俺は驚くが、それをバイエルンは不思議そうに見ている。
「――知らなかったのか?」
「いや……、バイエルン国王に帝冠を進呈してもらうってことが決まった時点で万事解決だと思っていた――まだ何かあるのか、ヴィルヘルムは?」
「俺が知るかよ。――我がライヒにしろ、お前らの国王陛下にしろ、両方が了承しない限り、お前の目指すドイツ統一は出来無いぜ? せいぜい頑張ればいいさ」
吐き捨てて、バイエルンは自分のところの王子のところへ去って行ってしまった。
*
『本当に、兄の――プロイセンのところへ行くつもりなのか?』
と、神聖ローマは俺に訊いた。
『プロイセンの元でドイツ帝国になるのか』
と。
俺は答えた。
『そうだ』
『プロイセンは自分自身が生き残るためだけに、お前を利用しようとしているだけだ。お前はむざむざと利用されに行くのか?』
神聖ローマの問いに、俺は答えて
『それでも構わない』
と言った。
『兄さんを救うためなら、例え利用されても、俺は構わない』
神聖ローマは焦っているようだった。俺に思いとどまらせようと必死な様子だった。
『オーストリアの元でなら、お前をちゃんと傀儡などではない、帝国として扱ってくれるだろう。けれどプロイセンはどうだ? 昔からそのオーストリアと張り合ってきただろう、そう、神聖ローマたる俺が弱れば弱るほど、彼は力を付けてきたではないか! 何故プロイセンの傀儡などに成り下がる必要がある?! あの“反帝国”に、お前は取り込まれてしまうかもしれないのに?!』
『そうなったら、』
神聖ローマの言い分に、俺は反駁した。
『いや、そうなってしまっても、俺は選択するだろう。――“両方が助かる選択”を』
その答えに、神聖ローマは笑ったように見えた。
笑って、『××××を××』と呟き――
*
ドォン、という轟音で目が覚めた。
見れば、俺の乗っている列車は、既にプロイセンを始めとするドイツ諸邦の砲兵隊の陣地の真っ只中に入っていたのである。当然ながら、未だにプロイセンはフランスと交戦中であり、砲口は皆一様にパリの方角を向いていた。
再びドォン、と砲が火を噴くのが見えた。
間もなく、ベルサイユ宮殿への最後の経由地に到着する。
「――迷わない」
誰に問われるまでもなく、俺はそう呟いていた。