急に暗かった目の前の風景が明るくなったことに驚いて目が覚めたことに気付いた。
ベッドの上で寝ていたということを悟る。久しぶりの柔らかい寝床の感触に安心する。薄く目を開けると、銀髪で赤眼の男がろうそくの明かりを手にして、俺の顔を覗き込んでいた。――目が合う。
「お? 気が付いたか?!」
男が笑って言う。俺は返事をする代わりに上半身を起こした。体の節々が痛んで、喉の奥から声が漏れる。――不意に、体がバランスを崩して傾いた。男に肩をつかまれ、体を支えられる。
「おいおい?! 大丈夫かよ……」
再び寝床に戻される。男は安心したように溜め息をつくと、ベッドのすぐ脇にあったテーブルに明かりを置いて、ソファにどっかと座った。
「――ここは……?」
柔らかい毛布を少しどけながら、男に訊く。妙に良い質の毛布を使っているから、野戦病院などではないようだが。
「ここか? ……ああ、言ってなかったっけか。ベルリンだよ」
分厚い本をぺらぺらとめくりながら、その男は答えた。――ただめくっているようにしか見えない。
「ベルリン……?」
「ああ、我がプロイセン王国の首都! お前が『ウィーンに帰るのは嫌だ』って言うからな、俺があの腐れ坊っちゃんに許可取って連れて来たんだよ」
男は得意げに言ったその後に、「気に入らねえけど、今も昔もドイツの盟主はあいつだからな……」と、くやしそうに付け加えた。
「――“あいつ”?」
俺は訊いた。俺は怪訝そうに答えた。
「え? “あいつ”っつったらローデリヒ――オーストリアに決まってるだろ。ってかお前、何も覚えていねえのか?!」
男が身を乗り出して迫ってくる。すごい剣幕に、俺はびっくりして首を横に振った。何も覚えていないのだから首を横に振るしかない。
「じゃあ――」
男がテーブルをまたいでこちらへ来た。顔が近い。逆光のせいで、余計に表情が厳しく見える。思わず遠ざかったら、逃がさないためなのか肩をしっかりと掴まれた。痛い。
「自分が×××××ってことも分からないのか……?!」
その男の問いに、俺は何故か血の気が引いて、冷や汗が吹き出るのを感じた。頭がぐらぐらし、気絶しそうになる。
「おい!」
男に体を揺すられて、無理矢理意識を呼び戻す。
「――知らない……」
力無く首を振りながら答える。男もそれを聞いて、
「そうか……」
と力の抜けたような返事をした。肩から手が離れる。俺は倒れるように仰向けに寝転がった。急にどっと疲れた気がした。はぁ、と息を吐く。男のほうを向く。
男といえば、あごに手を当てて何か考えごとをしているようだったが、ふと視線がこちらへ向き――、何かを思い出した様子で、
「そういえば、お前に名前付けないとだな!」
と打って変わって、笑顔でそう言われた。俺は唖然とする。
「は?」
「“は?”ってお前なぁ……、今の名前じゃないにしろ、名前を呼ぶたびに気絶されるのはすごく困るんだよ。何ていうか……すごく面倒臭い」
男が後ろ頭をぽりぽり掻きながら話す。俺自身、そんなに自覚は無いだけに驚きだ。しかし、それならここまで記憶が途切れ途切れであることにも合点がいく。だが、そうなるとこの男にはかなり迷惑をかけたことになる。
「すまない……」
俺がそう言うと、男は俺の頭をくしゃくしゃと撫でて、
「そんなに深く考えるな」
と言った。
頭を撫でられるのは久しぶりだった。
「そうだな……、アレだ、気分転換? みたいな感じだと思えよ。な?」
顔を覗き込まれて笑いかけられる。こんな笑顔を見たのも久しぶりだった。俺はうなずいた。
「よし」
男はそう小さく呟いて、俺の頭から手を離した。
「じゃあよろしくな、ルッツ!」
「?! “ルッツ”?」
いきなり砕けた呼び方をされて、俺は呆気にとられた。しかし男は至って当然のように、
「あ? ルートヴィヒの愛称でルッツだよ。俺の弟の名前を愛称で呼んじゃいけないって言うのか?」
そう言った。だが俺は今の発言に更に困惑する。
「しかし弟というのは……?!」
「お前のことだけど。俺の弟、嫌か?」
今度は男のほうが不安そうな顔をした。その男の態度に俺は、
「――いや、」
自分の表情がほぐれていくのを感じた。
「悪くないと思った」
「そうか?」
男が笑って手を差し伸べてくる。握手を求めているようだった。
「よろしくな、ルッツ」
でもこの男は大事なことを忘れている。俺は男の手と顔を見比べて言った。
「俺は未だ貴方の名前を訊いていない」
男は一瞬だけキョトンとした顔をすると、再び笑って言う。
「ギルベルト・バイルシュミット。お前の兄の名前だ」
「ギルベルト……」
俺は男――俺の兄となる男の名前を一回だけ呟いて、
「よろしく、……えっと、兄さん」
手を差し出した。兄さんと俺はにっこり笑って握手した。
その時から、俺はルートヴィヒで、ギルベルトの弟になった。
*
「――え? 今、何て言ったんだ兄さん……?」
ルッツの口から、食べかけのリンツァートルテの欠片がこぼれた。ルッツが食べ物をこぼすなんて滅多にない。俺は今言ったことを復唱した。
「来週から、お前をローデリヒの元に返すことになった。ちなみに決定事項な」
ルッツはフォークを置いて、俺の話をじっと聴いている。いや、半ば呆然としていたかもしれない。目が泳いでいる。
「分かったか、ルッツ?」
俺はルッツに確認する。ルッツは状況が飲み込めないと言わんばかりの表情で、
「何故だ……?」
と訊いてきた。
「ローデリヒ、――じゃねえな、オーストリアが、“これ以上ドイツ連邦内に不和をもたらさない”という証に、ルッツ、お前を返すように、って言って来たんだ」
「な……」
やはりルッツは納得していないといった様子で、わなわな震えながら、さらに訊いてきた。
「ロシアは?! イヴァンは何て……」
「坊っちゃんと仲の良いロシアが、坊っちゃんの意見に賛成しないなんてことがあると思うか?」
俺は即答する。俺は自分でも驚く程に冷静だった。ルッツはヒステリーでも起こしたかのようにまくしたてる。
「他の兄達は……?」
「……落ち着けよルッツ……」
身を乗り出して来たルッツを、椅子に押し戻す。ルッツは涙目だ。
「何で……俺が……? 俺の……」
「お前のせいじゃねえよ」
言いながら、頭を撫でる。
「正直、俺だって坊っちゃんのところにお前をあずけるのは不安だ」
俺は言った。ルッツは落ち着いたようで、大人しく聞いている。俺は続ける。
「お前をベルリンに連れて行ったのもお前のためだしな、今更お前を坊っちゃんのところにやるのも納得いかねえよ。けど――」
ルッツの頭から手を離す。ルッツはその手を追うようにこちらを見た後、がっかりしたようにうつむいた。
「坊っちゃんも一応身内の一人だからな、お前に酷い扱いはしねぇだろうから、安心していいと思うぜ? なっ?!」
俺はルッツに無理矢理笑いかけるが、うつむいてるから見えるわけもない。それどころか、さらにうつむく角度が大きくなった。俺は溜め息を小さく吐いた。構わず続ける。
「あと、お前も俺の身内ってことに変わりは無えぞ、ルッツ。だから――」
言いながら、ルッツに近付き、ひざまづく。自然、ルッツと目が合う。ルッツが体の向きをこちらに向けてくる。
「お前を必ず迎えに行く。それまで待っていろ、分かったか?」
そう言うと、ルッツは少しだけ表情を明るくして、うなずいた。そして、俺も微笑んで、もう一度ルッツの頭を撫でてやった。
*
「―― 、 家殿、国家殿!」
「うぁ?!」
馬車の揺れと、耳元で大声で叫ばれたせいで脳天が揺さぶられ、俺――ギルベルト・バイルシュミットと言う――は目を覚ました。無理矢理起こされたせいで気分が悪い。――外を見、まだ目的地でないことを確認し、悪態をつく。
「ったく、まだ着いてねえんだから、もう少しくらい寝かせてくれよ……」
俺はあくびをかいて、再び眠ろうとした。すると、正面に座る騎兵隊少佐の軍服姿の、少し特徴的な髭面の男が動いた。小さく金属がぶつかり合う音。
「ほう、こんな時にそんなにお眠りになりたいのでしたら、永遠に眠らせて差し上げましょうか?」
「っ?!」
その男が手に持って構えているのは、見間違うことなく、拳銃だった。慌てて飛び起きて身構える。
「おっかねえな……、お前がやると冗談に聞こえねえよ……」
「おや失敬」
そう言って、男は拳銃の何かをいじった後、それを腰のホルスターに戻した。そこでやっと緊張が解ける。
「しかし国家殿、貴方の願いは我々はじめ国民皆の願いなのであります。そしてドイツ統一が貴方の願いならば、それは我々の願いでもある。そうである限り、貴方の願いが貴方一人の妄想ではないということを、お忘れなきよう」
男が厳しい面持ちでそう続ける。俺は姿勢を正して、
「すまねえ……」
と謝った。そして笑って、
「いやぁ、お前みたいな奴がまだ俺の家にいると、すげえ心強いな! ますますお前を見直したぜ」
心からの謝意を口にする。男といえば笑みの一つもこぼさず、厳しい表情のまま、一言、
「いえいえ、国家殿のお力あってこそ」
としか返さなかったが。
「たださ、何かあると割とすぐに銃向けるのは止してくれよ……。相手が俺だから済むけどよ、つーか、お前、安全装置外したのを向けてくるだろ?!」
「はい」
真顔で言うな。冷や汗が顔を滑り落ちる。
「やっぱマジかよ……、生きた心地がしねえよ止めてくれよ、いくら鉄血宰相でも!」
「以後気を付けましょう。しかし国家殿、このくらい命を賭けねば、ドイツ統一や他のこともやっていられませんよ」
“鉄血宰相”は口だけ笑って、そう言った。
「さて、先程も私が申し上げました通り、対オーストリア戦への準備も仕上げの段階でありますぞ」
「そうだな」
馬車の外の風景を眺めながら、“鉄血宰相”の言葉に応える。馬車の外は気持ちの良さそうな日差しに照らされた、北イタリアの田園風景が広がっている。
「まあ、イタリアちゃんは俺達の案にはきっと乗ってくれるだろ。あの腐れ坊っちゃんに不満持ってるのは一緒だしな」
俺は自信満々に言う。“鉄血宰相”はそんな俺の様子に感心したような、または不思議そうな顔をして、
「ほう、やけに信用していらっしゃるのですな?」
と言った。
「まあな」
俺はそれに応える。
「昔からの付き合いだし――、それに今回会いに行くのは弟のほうだけどな、その弟の名前が――」
俺は思わず口元が歪むのを止められなかった。それを隠すように前のめり気味になる。
「? 何か可笑しいことでも?」
“鉄血宰相”が顔を覗き込んでくる。俺は必死に笑いを堪えながら続けた。
「弟の名前な、“イタリア=ヴェネチアーノ”って言うんだってよ!」
俺がそう言うと、“鉄血宰相”は少し呆気にとられたような表情をした後、納得したように、
「ああ……」
と呟いた。この男がこんな表情をするのは珍しい。
「とにかく、前に会ったフランスみたいな奴じゃないってことは確かだな」
「はあ……それなら良いのですがね」
そんなことを話している間に目的地に到着したらしく、馬車が大きく揺れた。馬車の外は、思った以上に日差しがまぶしかった。迎えの者に支えられながら馬車から降りる。
「さて……」
姿勢を正し、着崩れを整えながら、俺は言った。
「フランスより交渉は易しいだろうが、油断するなよ?」
その言葉に、俺に続いて降りてきた“鉄血宰相”が応える。
「勿論、そのつもりですよ。それより、貴方も気を付けてください、国家殿?」
「分かってる。まあ、もしもの時はお前が何とかしてくれると信じているぜ? なあ、“鉄血宰相”オットー・エードゥアルト・レーオポルト・フォン・ビスマルク=シェーンハウゼン伯爵?」
“鉄血宰相”ビスマルク。そう俺が呼んだ男は、眉一つ動かさずに、また口だけで笑った。
*
ギルベルト・バイルシュミットことプロイセンが、この俺――フランシス・ボヌフォワ――の元を訪ねて来たのは、サドヴァーで彼とローデリヒ・エーデルシュタインが刃を交えるほぼ一年前のこと。皇帝について休養地のビアリッツにいた俺の元に、ギルベルトが上司と共にやってきたのだ。
客間には、既に銀髪の男――ギルベルトだ――が控えていた。ギルベルトと俺の席のところにはワインが用意されていた。
「やあ、ぷーちゃん久しぶり! 元気にしてた?」
「“ぷーちゃん”言うな」
冗談半分に使った“ぷーちゃん”呼びを、ギルベルトにあっさり拒絶される。
(これ、結構気に入ってる呼び方なんだけどなあ)
思いながら、ワインを開けてお互いのグラスに注ぐ。
「ま、元気かと言われれば元気だな。あの坊っちゃんの命乞いしてくるところを想像するとゾクゾクするぜ……!」
ぷーちゃんがどや顔で話す。すごく分かりやすいなあ。
「へえ、それじゃあいよいよオーストリアのクチを塞ぎに行くの?」
「……お前も話が早いよなあ……」
……誰と比べられたんだろ俺。つか呆れられなかった? ぷーちゃんは俺に構わず続ける。
「まあいい、その通りだ。とにかく、そのことでフランス、お前に頼みがある」
「加勢して欲しいんだったらライン川の左岸をくれないと駄目だよ?」
「誰も“加勢してくれ”なんて言ってねえよ!」
ちなみに“フランス”って俺のことね。
「お前はただ黙っていてくれりゃそれで良い。俺はとりあえず坊っちゃんとやり合いてえんだよ」
「なるほど?」
俺はワインを一口、口に含んだ。それにしても、ぷーちゃんは一口も飲んでいない。
「プロイセンがオーストリアと戦っている間、俺は傍観してるってわけね。なにそれ妬ける! でもそれだけでライン川の左岸もらえるのならそれでも良いかも!」
「一人で興奮してんじゃねえ、気持ち悪い」
「ごめん」
ぷーちゃんが本当に気持ち悪そうに話すもんだから、ついつい謝っちゃったじゃない。まあ良いけど。
それに――互いに――こんな約束、守るわけないんだし。
「やっぱり、これは秘密ってことになるのかねえ……?」
言ってから、俺は空になった自分のグラスにワインを注いだ。やっぱりぷーちゃんの分は減ってない。
「そうしてもらえると助かる」
そして、ここで初めて、ぷーちゃんはワイングラスを持った。
グラスを掲げ、笑ってぷーちゃんは言う。
「互いの利益のために」
言って、ぷーちゃんは一気にグラスを空にした。俺は嗤ってそれに倣った。
「互いの利益のために」
互いの利益なんて知ったことじゃない。自分や自国に利益があればそれで良いのに。そんなことを思いながら、俺はワインを飲み干した。
*
俺ことギルベルト・バイルシュミットは、ビスマルクと一旦別れ、イタリア=ヴェネチアーノことフェリシアーノちゃんと共に会食、もとい会談していた。上司は上司、国は国が相手をするのはもはや慣習だ。
「わー、ギルベルト! イタリアへようこそ!!」
フェリシアーノちゃんは、俺を笑顔で――そう、イタリアの青空に輝く黄金の太陽のような笑顔で! 俺を迎えてくれた。すごくまぶしかった。脇にいたビスマルクやフェリシアーノちゃんの上司が若干呆れ気味に見えたのは多分気のせいだ。
それはさておき。会談は、やはりフランス相手の時のようにややこしいことにはならず、すんなりと進んでいた。いや、むしろ、こっちの出した条件にフェリシアーノちゃんのほうが驚いていたが。
「じゃあ、本当に俺、何もあげなくてもいいの?」
「ふぁあ」
物を口に入れたまま喋ってしまい、変な返事をしてしまった。口の中のパスタをワインで何とか胃の中に流し込み、続きを話す。
「まあ、強いて言えば、“オーストリアに宣戦してもらう”ってこと自体が見返りってことになるな。二方向から一度に敵が来たら、オーストリアも敵を二手に分けざるを得なくなるだろ」
「やっぱり……、プロイセンでもオーストリアさんは強いと思う?」
フェリシアーノちゃんが半ば不安そうに、俺――プロイセン――に訊いてくる。やはり、自分からオーストリアの家を飛び出して来たとはいえ、未だ力が及ばないということを自覚しているのだ。俺はそれに、
「いや、オーストリアなんて俺一人でもぶっ潰せるぜ! ……って言いたいところだが、兵の数はさすがに侮れないのが現状なんだよなあ……」
と答えた。
「やっぱり?」
「まあな、オーストリア軍は旧態依然とは言っても、数の上ではこっちが負けてるし、何より――」
前の戦い――シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争でのオーストリアの姿を思い出す。眼鏡の奥の紫色の瞳が目に浮かぶ。――と。
「プロイセン?」
フェリシアーノちゃんに名前を呼ばれ、別のことに気が向いてしまっていたことに気付いた。
「あ、いや、……ちょっとな……」
思わず不安要素が隠し切れないような返事をしてしまった。フェリシアーノちゃんはいよいよ本当に不安そうな表情になり、
「プロイセン、オーストリアさんに勝てる?」
そんなことを訊いてきた。普段のフェリシアーノちゃんの口から出てこないような、真剣そうな物言いだった。
「“勝てる”って……、勝つしか無いだろ」
「うん、まあ。そうなんだけどね?」
フェリシアーノちゃんは、少しだけ、困ったような、無理矢理笑ったような顔をした後、これまた普段の、あの太陽のように輝く笑顔からは程遠い、不安ながらも真剣な表情で続ける。
「俺ね、“戦い”になると、いつもローマ爺ちゃんや、神聖ローマのことを思い出すんだ。大きくて強い国でも、一回の戦いで容易く滅んじゃうんだ、って。小さい国なら尚更」
俺は黙ってフェリシアーノちゃん――イタリアちゃんの話を聞いていた。普段の言動からはあまり想像しにくいが、イタリアちゃんも多くの国の興亡を見届けてきた国の化身の一人だということを思い出す。
「本当は独立や統一だって怖かったし、今だってまた周りの国が攻めて来るかも、って不安なんだよ。……でも」
イタリアちゃんは一瞬うつむくと、――何とも頼り甲斐のありそうな顔をして、
「何もしないのは一番駄目だって、分かったからね。――ねえ、プロイセン、」
こちらを向いて、
「オーストリアさんに勝てる?」
心を決めた表情で訊いてきた。
「――勝つ。勝つしかねえ。――そのために」
俺もそれに答える。
「俺はイタリアちゃんに宣戦してもらう代わりに、ヴェネチアを保証する」
「俺はプロイセンにヴェネチアを保証してもらう代わりに、オーストリアさんに宣戦する。そうだよね?」
その頼り甲斐のある言葉に、俺は嬉しくなって、
「さすがイタリアちゃん、物分かりが良い」
「ヴェー、ありがとう!」
あれ? 通常運転? ……まあ良いか。
「それじゃ、双方合意した、ってことで良いか?」
「うん、俺頑張るー!」
と、再び食事に戻ろうとしたが。
「あれ、プロイセンどうしたの? 早くしないと、せっかくの料理が冷めちゃうよー」
イタリアちゃんが食事を勧めてくるが、俺はそのイタリアちゃんが先程口走った言葉がどうしても引っかかって、食事どころではなかった。――ずっと考えているのも性に合わないので、疑問を口にすることにする。
「あのな、イタリアちゃん。×××××は、××××××って知らないのか?」
「……え?」
俺の言葉があまりに意外だったのか、イタリアちゃんはワイングラスを取り落とし――、当然ながら、ワイングラスは割れ、その音が部屋中に痛いまでに反響した。
*
飛び交う砲火。
主人を無くした軍馬達のいななき。
死にゆく兵士達の断末魔。
それらにうなされて、俺――ルートヴィヒは目を覚ました。決して心地良くない寝起きに、めまいと吐き気を感じる。窓のほうを見る。――外はまだ暗いうえに静かだ。とりあえず、俺は水を飲むために寝床から抜け出した。
「この××め!」
「たかが×××などに……!」
(くそ……)
夢での光景がフラッシュバックする。それらは既に目と耳とに焼き付いてしまっているようだった。しかし不思議なことに、それらの場面に遭遇した覚えは無い。だが、
(そんな覚えの無い場面を繰り返し見せられても、不快なだけだ)
俺はそんな不快感を、水と一緒に飲み込もうとした。が。
「――忘れるのか?」
俺の後ろから――俺以外誰もいないはずの部屋の、だ――そう声を掛けられて、コップを持つ手が止まる。
「え」
驚きと恐怖で、喉の奥から声が漏れる。それを、相手は疑問符と勘違いしたようだ。
「忘れるのか、と訊いているんだ。ルートヴィヒ?」
相手はさらに驚くべきことに、俺と同じような声で話しかけてきている。一体どんな相手なのかも、一体何のことを話しているのかも分からない。俺はおそるおそる、相手のほう――俺の後方だ――を振り向いた。
「一体、何を――?!」
そこにいたのは、見まごうことなく小さい頃の“俺”だった。――不意に、激しいめまいに襲われる。だというのに、“俺”が俺に近付いて来る。
「な、……っく、来るな……っ」
片手でめまいのする頭を押さえつつ、もう片方の手を前へ差し伸べて、“俺”が近付くのをさえぎろうとする――が、俺はそんなことも出来ずに、よろけてテーブルにぶつかった。テーブルが大きな音を立てて倒れる。俺も上手く体のバランスがとれず、――血の気が引いていくのも手伝って、床に崩れ落ちた。――“俺”は構わず近付いて来て、
「俺の大切な記憶を忘れて良いのか、と訊いているんだ」
そんなことを話しているのを聞きながら、俺は意識を手放した。