黒山羊塔

ルドと少女

 ドイツ連邦共和国の首都であるベルリンと言えば、数年前までは東西冷戦で二つに分断された、世界の情勢を象徴する都市だった。現在は二つのドイツの統一とともにこの都市も統合され、分断以前のものを含めた建物の修復と再開発が行われている。

「進んでいる、かは疑問だがな」

ルドは、昨夜フリードリヒ三世や鉄血宰相と共に、黒豹と〝月下の狩猟行〟と戦闘を繰り広げたティーアガルデンを貫通する六月十七日通りを通過する自動車の車内で、愛用のブラックベリーのケータイをいじりながら毒づく。

「ベルリン中央駅やアウトバーンはともかく、他は金繰りが上手くいかなくて予定期日が延長されてばかりだろう」

ルドは運転席ではなく後部座席におり、昨晩と同じ黒いコートに黒いスーツを着て偉そうにシートに寝転がっていた。運転はルドに歳の近い見た目の、大学生の着ていそうなフード付きのパーカーにジーンズを合わせた格好の男性が担当している。

「進んでいると豪語するのは金繰りが軌道に乗ってからにして欲しいものだ。特にベルリン宮殿の再建はな」


 ――言ってやるな、ルド。


 フリードリヒだ。車内には姿が見えないが、ルドにはその声がハッキリと聞こえたようだった。

 フリードリヒは意見を続けて言う。


 ――今のドイツは名前の通り〝民衆の国〟だ。公共の建物の建設資金は民衆から募るべきだろう?


 ベルリン宮殿は元プロイセン王家の宮殿だ。しかし第一次大戦の敗北による第二帝政の崩壊と、第二次大戦での空襲によって宮殿は破壊されてしまった。それでもなお、再建しようと思えば出来る状態だったのだが、時代は東西冷戦――ドイツとベルリンは真っ二つにされ、王宮の廃墟は東側にあったために東ドイツの社会主義の元で共和国宮殿となる。しかしドイツが再統一された今、老朽化し、あまつさえアスベストで作られていた共和国宮殿は取り壊して、ベルリン宮殿を教育と知識と文化の場として再建しようという動きがあるのだ。

「じゃあ資金が集まらないのは民衆がその公共施設の建設を本当は望んでいないからだな?」

ルドの反論にフリードリヒは溜息を吐く。


 ――ルド。自分がその建物の建設に反対だからと言って、その意見に繋げるのはどうかと思うぞ。

 ルドはブラックベリーの画面から目を反らすと、何も無い中空に向かって不機嫌そうに反撃した。

「資金を集めたいなら税金を注ぎ込めば良いんだ。あくまでも公共施設の建設費用なんだ、皆が必要とする施設なら俺だって反対はしないさ。ガッツリ徴収して遠慮なく使えば良い。でも費用調達には市民の税金だけではなく募金で対応している。市民の賛成意見だけでは追いつかないんだろう。それは何故か――答えは簡単だ。施設建設の計画に無駄が多くて税金だけでは埋め合わせが効かないか、賛成意見がとてもじゃないが少なすぎて税金を思い切り使えないんだ」

 ルドの言う通り、ベルリン宮殿の再建にはベルリン市民のものだけではなく、国民全体から徴収した税金と、更に募金で集めた資金が使われる予定だ。資金全体から見れば約八割が国民全体からの税金で占められることになるのだが、国家の財政はいつまでも良い状態が続くわけではない。歳出削減が行われたのも重なり、資金の補充はままならないままになっている。

 今度のルドの意見に、フリードリヒは溜息すら着かなかった。建設賛成派を擁護する材料を無くしたか、ルドの強情っ張りに呆れたのだろう。ルドは口をへの字に曲げて鼻を鳴らす。

 フリードリヒの代わりに、運転手を務めている青年が口を開いた。

「そう言えば、社長は募金してないっスもんね。その、ベルリン宮殿の建設に」

 「社長」と呼ばれたルドは、自動車のバックミラー越しに運転手の顔を見る。

 真っ青な大きな瞳にそばかす、そして赤褐色の元気良く跳ねた髪の毛――典型的な赤毛だ。

 赤毛の青年は社長ことルドに訊ねた。

「社長は税金の無駄だから、ベルリン宮殿の再建に反対なんスか? 慣れ親しんだベルリン宮殿がこっちの側にも出来れば、色々便利だと思うんスけど」

「あほ」

ルドは赤毛の運転手にも容赦無かった。間髪入れずに答える。

「確かにあのベルリン宮殿は――そうだな、勝手知ったる他人の家、くらいには慣れ親しんでると認めざるを得ないが、それをわざわざこちらにも作って何になる? 間取りや日照りや、床のフローリングの板目模様や家具の材質まで同じ自宅があったところで、元の家とは違うんだぞ。そんな気持ち悪いものをわざわざ作ろうだなんて、政府は気が狂ってる」

 そう言いながら、ルドは車窓から外を横目で見た。

 自動車はちょうど、ブランデンブルク門を通り抜けて、ベルリンの中心街であるウンター・デン・リンデンに入ったところだった。通りの歩道の往来を眺めていると、ルドは学生達が二人の男性の彫像の間を出入りしているのに目を奪われた。二人の男性――兄のヴィルヘルムと弟のアレクサンダーの兄弟――の名前が付いたフンボルト大学ベルリンの入り口だ。

 ルドは我に返ったように目をギュッと閉じると、今見た風景を振り払うように首を振って、ブラックベリーの画面にまた注目する。溜息を吐いて、一言。

「あんな旧時代の建物に外観だけ似せたものに、意味なんてない」

 赤毛の運転手は返事の代わりに、「もうちょっとで着くっスよー」と言った。

「降車の準備をお願いしますっス、社長」

「分かった」

返事はしたものの、ルドは今まで手を離さずにずっと持ったままのブラックベリーのケータイをコートのポケットに突っ込み、姿勢を正して自動車のシートに座り直し、目を軽く閉ざした他に、大した素振りは見せなかった。

 そもそも、身に着けたものとケータイ以外に荷物らしい荷物は近くには置いていなかったのだが、それにしてもルドの持ち物は少ない。赤毛の運転手の隣――助手席にも、ルドのものらしい物は見当たらなかった。

 赤毛の運転手はそんなことは気にせず、シュロス橋を通過して博物館島に渡ったところ、フンボルトボックスという奇妙な八角形の形の青い建物の道路を挟んで反対側――市民の憩いの場となっているルストガルデンの歩道脇に停車する。

「お待ちしました。ルストガルデン前っスよ、社長」

「ああ」

ルドは自動車が完全に動きを止めたのを確認すると、シートベルトを外してドアに手を掛けた。

「後は頼んだぞ、アクス」

「Verstanden(分かりました)! お任せ下さい! お気をつけて!」

「アクス」と呼ばれた運転手は、笑顔で手を振って自動車を降りるルドを見送る。ルドもそれに応えて空いた手で手を振り返すと、ドアを開けて外へと足を踏み出した。

 ルドが歩道に着地し、アクスの運転する自動車を見送ると、彼の正面――フンボルトボックスのあった場所にゴシック様式の壮麗で威厳のある巨大な建物が現れた。

 それは二十一世紀の現代にあってはならないものだ。既に崩壊し、破壊され、踏みにじられ、更地と化していなければならないはずだ。しかしそれは、まるでそこだけが十九世紀のままであるかのように、人間の出入りを受け付けず、静かに軍国を支配する王家の威光を示していた。

 ベルリン宮殿。二十一世紀の人間がフンボルトフォーラムとして再建しようとしている建物だ。

 ルドは静かに佇むそれを気に入らない様子で確かめると、ルストガルデンのほうに向き直る。

 ルストガルデンはベルリンを流れる河や博物館、大聖堂――と、将来的には再建された宮殿――を臨み、噴水を囲うように芝生が敷かれて、昔は王宮の庭園、二十一世紀の現在は市民の憩いの場となっている、ベルリンの庭園だ。

 ルドもルストガルデンと言えば芝生の庭園だし、ベルリンを構築している者の嗜好からしても庭園の時の姿であるはずだと思っていた。しかし、今ルドの目の当たりにしているものはそれではなかった。

「は……? なんだこれ」

ルドは予想外のものを見て目を丸くし、唖然としている。

「ルストガルデンが砂地って――おい」

ルドはルストガルデンの有り様に、いつの間に隣に立っていた古めかしいデザインの、しかし洒落っ気の効いているスーツを着込んだ、少し赤みを帯びた焦げ茶色の短髪の青年に突っかかった。

「これはいつの時代のルストガルデンなんだ? 鉄血宰相」

「今〝鉄血宰相〟と呼ぶのはやめろ、ルド」

「鉄血宰相」と呼ばれた青年は、不機嫌そうに小指を耳栓の代わりに突っ込む。

「俺はビスマルク――オットー・フォン・ビスマルク=シェーンハウゼン侯爵だ」

顔のほぼ半分以上に一文字の切り傷の痕の残る青年は、元プロイセン首相兼ドイツ帝国宰相の名前を、自分の名前として名乗った。

 ビスマルクの今取っている姿は、ルドには自分とさほど違わないか、少し年上くらいの歳の頃のものに思えた。ルーデルスブルクにある若い頃の彼を模した像が、一番近いかも知れない。彼が大学生の頃、決闘繰り返し行っていた時の姿だ。その証拠に、このビスマルクの顔にはしっかりと決闘で相手から喰らったサーベルによる傷が顔に残っている。

 ビスマルクはすぽん、と耳から指を抜いて答えた。

「このルストガルデンは軍隊王の時代のものだ」

ビスマルクは皮肉じみた笑いを浮かべて言う。

「今日はサンスーシからフリードリヒ・ヴィルヘルム四世陛下がお見えでな。弟君であるヴィルヘルム陛下と一緒に軍隊王の閲兵式に参加なさっているのだと」

「軍隊王ご自慢の巨人連隊のか? よくもまあ、猫背様が軍隊王のごっこ遊びを許可したな」

呆れ気味のルドの言葉に、ビスマルクが「ルド」と口を出す。

「猫背様ではなく、せめて初代様とお呼び申し上げろ。初代様がお可哀想だ」

少しズレていそうなツッコミの後、ビスマルクは続けた。

「だが初代様も久方ぶりに家族が遊びにいらっしゃって嬉しかったのではないか? 侍従長が失踪なさっていてフリードリヒ・ヴィルヘルム四世陛下も元気を無くされているところだし、だからこそ、大幅な改築の許可を出したのだろう。再現度はかなり良いと思うんだが」

「パリ広場にライプツィヒ広場まで砂地になってると思うとゾッとしないけど」

ルドの言葉にはっはっはっ、と笑うビスマルク。ルド自身もふっ、と彼に釣られて笑みを零した。

 ルドは一瞬の笑顔の後、すかさず表情を元の偏屈な顔に戻した。宮殿へ足を向けながら言う。

「それはともかく、早く用事を済ませなきゃな。俺達は閲兵式に参加しに来たんじゃないんだ、フリッツと合流しないと」

「そうだな」

と、ビスマルクもルドとは違う方向へと歩き出す。彼は宮殿の脇を素通りして、シュプレー川を渡った向こうへ行こうとしていた。ルドはビスマルクに訊ねる。

「侯爵はどこへ行くんだ?」

ルドの問いに、ビスマルクは一瞬だけ振り返って答えた。

「ベルリン軍事大学に」

ビスマルクは宮殿と同じく、二十一世紀のベルリンに存在しない施設の名前を言った。

「昨夜の〝月下の狩猟行〟の主である衛戍司令官とその配下の方が、揃って大学にいらっしゃっているそうだ」

「そうか、気をつけろよ」

ルドの言葉に、ビスマルクは手を挙げて応える。

ルドは暫くビスマルクが軍事大学のほうへ歩いて行くのを見守ってから、フリードリヒの待つ宮殿の中へと入って行った。


   *


 宮殿の西側にある第三門ことエオザンダー門をくぐって最初にルドを迎えたのは、ルドと会う約束をしているらしいフリードリヒ三世ではなく、頭の上から爪先まで真っ白尽くめの衣装に身を包んだ、色素の薄い儚げな印象の若い女性だった。

 彼女はふわふわと漂う幽霊のように、きらびやかな廊下を徘徊していたが、ルドを見つけるや否や、両目を見開いた。

「来るでない、この卑しい下賤の侵略者め」

開口一番に、彼女はルドを、美しい長い銀髪の隙間から覗く真っ赤な目でギッと睨みつけてそう言い放つ。

「この美しい荘厳で美麗な尊き宮殿は貴様のような勘違い甚だしい阿呆が来て良いところではない。去れ! 身の程知らずの愚かなペテン師め」

ルドは白尽くめの女性の言葉に一切耳を貸していない様子で、とっとと城の奥へと進んで行く。宮殿通いの長い彼には既に聞き慣れた言葉なのだろう。

 女性の言葉に応える代わりに、ルドはフリードリヒの名前を呼ぶ。

「フリードリヒ! フリッツ! 我らの尊きプロイセン王にして偉大なるドイツ皇帝にあらせられたフリードリヒ三世陛下!」

字面に対して、殆ど尊敬の念が感じられない呼び掛けだ。殆ど女性の恨みがましい文句を無視するための材料のつもりなのかも知れない。

 しかしそれに反して、回廊の奥から扉の開く軋むような重たい音が聞こえた。こちらへ誰かが来るらしい靴底が床を叩く音に続いて、男性の声がする。

「ルド」

とても穏やかな低い声。ルドはその声の方向へ、ますます歩幅を広げて進み寄って行く。男性は続けて言った。

「人を褒める時くらい、もう少し感情を込めればいいだろうに」

男性――フリードリヒの諭すような言葉に、ルドは返事をする。

「すまない、俺はてっきり『あらせられた』の部分にお叱りを戴くかと思った」

「過去形なのは仕方がないだろう? 事実なのだから」

「無視をするか! この飢えて痩せ細った見窄らしいハイエナ共め!」

白い女性がルドとフリードリヒの横で喚く。

 ルドは彼女を横目でちらりと見ると、フリードリヒに耳打ちするような素振りをして言った。

「とりあえず、本題に移りたいから場所を変えよう。ここだと〝白い婦人〟が五月蝿い」

秘密の話にしては少し音量が大きめだ。しかし答えるフリードリヒも、音量をわざわざ下げるようなことはしない。

「ああ、まず件のお嬢さんもここにはいない。五代様のところへ行かなければ」

「おい、聞こえておるぞ。間抜け共め」

「ちょっと黙ってくれないか、残念美人」

ルドは女性――〝白い婦人〟に向かってしっし、と追い払うように手をひらひらさせた。フリードリヒの来た方向へ足を向ける。

「行こうぜ、フリッツ。ビスマルクも何か掴んでくれそうだしな」

「ああ」

フリードリヒはルドの去るのを目で暫く追ってから、〝白い婦人〟にさっと向き直る。相変わらず不機嫌そうに奥歯をギリギリ噛み合わせている〝白い婦人〟に向かって、フリードリヒは挨拶代わりに一礼し、ルドの後を付いて行った。


   *


 ルドとフリードリヒの二人が向かったのは、コンクリートの壁が続く地下階だった。

 ベルリン宮殿は実際のところ、完成の日を迎えたことなど一度も迎えたことが無い、と言って良い。ベルリンがまだ隣接する双子都市のケルン――大聖堂のある場所ではない――と共に自由都市だった頃に『高い家』という意味の「ホーエスハウス」と呼ばれていた時から、一九五〇年十一月六日に社会主義政権によって爆破されて消え失せるまでの間、この街を支配する権力によって、移転や改築を繰り返してきたのだ。

 だが、それがいけなかった。誰がその点に目を付けたのか、このベルリン宮殿はエフェメラでの再現を行う際に、地下階を設けられてしまったのだ。なので、二人が向かっている地下階だけは鉄筋コンクリート製の現代建築の構造をしており、照明設備も排水設備も空調もばっちり備わっている。

「エレベーターも付けてしまえば良かったのに」

と、階段を降りながらルドはボヤいた。先導するフリードリヒは肩を竦めて「是非とも欲しいものだ」と笑う。

「だが〝婦人〟が五月蝿いぞ。彼女は城憑きの精霊なのだろう?」

「そうだな」

 彼らの言う通り、〝白い婦人〟と呼ばれた先程の女性は人間ではなく、精霊の類――しかも、このベルリン宮殿に古くから棲まう城憑きの精霊――だ。伝説に拠れば、この城に住む王族に不幸がある三日前に現れ、怒りを振るうと言われている。そんなお伽話じみた存在とは言え、目撃情報は王族の中にも多数あるため、関係者内では有名らしい。このフリードリヒもよく知っていたのがその証拠だ。

 ルドはフリードリヒの戒めるような言葉に、短く溜息を着く。

「五月蝿いのは御免被る」

 そんなことを言いながら二人が到着したのは、お世辞にも客間などとは言えない部屋だった。ルドの前にフリードリヒが立ち、質素でデザイン性の欠片もないような木製のドアを叩く。中からは小さく、「良し」という気怠げな男性の声がした。フリードリヒが「失礼します」と挨拶して扉を押し開けた。

 扉の向こうのその部屋は、広いが、しかし事務所や倉庫だとも主張出来ない造りをしていた。さすがに宮殿の中だからか水漏れはしていないようだったが、壁は今までの廊下と同じく――それよりも状態は悪いかもしれない――コンクリート打ち放しだった。簡素で最低限の数で済ませた照明が、黒い鉄格子の林立するのを照らしている。その鉄格子の林の中心に、ぽつりと脚を組んで木製の椅子に座って俯いている男性がいた。

 フリードリヒはその男性に向かって話しかける。

「五代様。先約通り、貴方の孫であるフリードリヒと、〝運命の輪〟の魔法使いであるルドが参りました」

「五代様」と呼ばれた男性は、話しかけられて一瞬だけ顔を上げた。

 フリードリヒの背中越しに、ルドは彼の表情を見る――陰湿そうな顔をしている。

 その男性の表情は少なくとも彼の描かれた絵画よりも晴れやかな印象を与えなかった。ここの照明が少ないせいか、彼の生来の性格のせいなのか、男性の顔には影のほうが多く落ちている。のっそりとした両生類のような動きも、その印象に拍車をかけた。

 ただ、男性の纏う衣装が、彼の崇高な性格を裏付けている。男性の喪服のように黒い軍服は、数々の勲章に彩られ、彼が代々のプロイセン王の一人であることを表していた。

 この人こそが、第五代プロイセン王であり、フリードリヒ三世の祖父でもあるフリードリヒ・ヴィルヘルム三世なのだ。

 この五代様ことフリードリヒ・ヴィルヘルムは、すぐに俯くと手元にあった何かをぱたん、と閉じた。ルドがフリードリヒ・ヴィルヘルムの手元を懸命に覗くと、それは分厚い本だった。彼はずっと読書をしていたらしい。

「五代様、彼女はどこに?」

フリードリヒが訊ねる。彼の祖父は何も話さず、ただ本を掴んだままの手で部屋の角の鉄格子の区画を指した。フリードリヒは部屋に足を踏み入れず、身体を乗り出すようにしてそこを見る。彼の目には、確かにそこに何かがいるように見えた。

 その間に、五代目の王は組んだ脚を解いて立ち上がる。彼がブーツの底で罅割れの目立つタイルの床を打った途端に、先程まで彼の座っていた木製の椅子が、まるで石が割れるかのようにピシピシと音を立てた。フリードリヒが目を遣ると、木製の椅子だったそれは結晶のように砕け散り、炸裂し、四散してしまった。

 余りにも現実的ではない現象を見たフリードリヒは目を瞬く。しかし、当のフリードリヒ・ヴィルヘルムは気にも留めていない様子で、脇目も振らずにこちらへやって来た――背が高い。フリードリヒ・ヴィルヘルム三世やフリードリヒよりも頭一つ分身長の足りないルドを見下ろす。

「――いいか?」

フリードリヒ・ヴィルヘルムがぼそりとルドに訊いた。「ここから出ても大丈夫か?」ということなのだとルドは理解し、「ああ」と答える。

「見張り番ありがとう、フリードリヒ・ヴィルヘルム」

その言葉に答える代わりに、フリードリヒ・ヴィルヘルムはこくこく、と頷き、フリードリヒとルドの脇を抜けるようにして部屋を出た。

 すると、また驚くべきことが起きた。部屋の空気を硬質なものとしていた鉄格子の林や、コンクリートの壁、そして簡素な照明までもが、先程の椅子のように一斉に罅割れると同時に結晶化して破裂し、爆散したのだ。次々にガラスが割れるような音を立てて、花火のように様々な色の光を放ちながら、鉄やコンクリートが炸裂していく。部屋そのものの華麗な崩壊は、それを見る二人――特にフリードリヒ――の目に宝石箱をひっくり返したような風景を映した。

「すごいな……!」

そう呟くフリードリヒの後ろで、ルドは去って行く五代目の王の背中を見る。ルドの目には少しだけ楽しそうに見えた彼の姿は、先程のきらびやかな軍服から少し着古したスーツに変わっていた。


   *


 崩壊が終わった後の部屋は、絵の具が垂れて塗り替わるように、先程の牢と見違えるユーゲントシュティール様式の客室に変貌を遂げていた。簡素な照明は曲線を描く傘と装飾の煌きを放つ形に変化し、床には絨毯が敷かれ、壁際には花の描かれた皿やティーポットなどの食器や様々な分野の書籍が仕舞われた戸棚が現れている。部屋の端に戸棚に隠れるように配置されたライティングビューローデスクの上で、標本の鉱物が照明の光を反射して様々な色に輝いていた。

 フリードリヒは暖かい色の光を放つ照明の下、部屋の中心に配置された円形のテーブルを囲う椅子の一つに座った。丸いテーブルの上にはレースの布が敷かれ、その上に英国のアフターヌーンティーを思わせる軽食や茶器が一式、作り立ての状態で盆に載せられている。フリードリヒは盆に載ったティーカップとティーバックを三つずつとポットを取ると、紅茶を淹れ始めた。

 ルドはと言うと、部屋の隅に居座っている少女を見下ろしている。

 少女――と言うには大人びた様子だ――は昨晩ルドに掛けられたままの彼愛用のコートを羽織り、ルドが用立てたのだろう、女性物のワイシャツとジーンズを着用してうずくまっていた。しかし姿勢のせいか、長い亜麻色の髪がボサボサのまま、重力に追従する形で表情を隠している。

 ルドは彼女の目線に合わせるようにしゃがんだ。

「ねえ、お嬢さん?」

ルドの普段よりも柔らかい、ご機嫌取りのような猫撫で声に、フリードリヒはルドのほうをびっくりした様子で振り向く。危うくポットを取り落とすところだったが、ルドはそんなフリードリヒのことなど構わず、少女に話し掛け続ける。

「いつまでもそんな様子だと困るし、君もどうして牢に入れられていたのか分からないだろ? 俺達も何故君が豹になって森を駆けずり回っていたのか知りたい。だからお茶でもしながら話をしたいんだけど」

ルドは自分の言い方に反して少し退屈そうな様子だった。あまり相手が心を開いてくれるのを期待していなさそうにも見受けられる。

 しかし彼の予想に反して、彼女は数秒間置いたものの、顔を上げた。おずおずと、未だ警戒心を解いていなさそうな様子で、彼女はぼそりと言う。

「……お、ちゃ?」

「お茶」

ルドはしゃがんだまま移動して、彼女の視界を開ける。

「そこで、フリッツが茶を入れてくれてるだろ? 一緒に飲まないか? 嫌なら別にいい」

ルドが三人目の分の紅茶を淹れ始めたフリードリヒを指して言う。少女はルドの指すほうを向くと、当のフリードリヒはルドの言葉に苦笑している。

 その時、くう、という腹の虫の鳴き声がした。最初にびくりとしたのは少女だ。

 目を丸くする彼女を横目で見て、ルドは訊ねる。

「腹、減ってるだろ? ――サンドイッチとか、クーヘンもあったはずだけど」

 フリードリヒが軽食のラインナップを確認する――野菜のサンドイッチとバームクーヘン、果物が幾つか、盆の上に用意されていた。

「さんど、い、ち? く、へ、ん?」

少女はルドに訊ねる。

「なに、それ?」

「……は?」

ルドは少女の予想外の問いに目を丸くしたと同時に、フリードリヒが咳き込んだ。

 ルドはフリードリヒのほうを首を伸ばして見る。フリードリヒはルド達とは反対側を向いて、咳を必死に抑えていた。

 ルドは少女に向き直って訊く。

「まさか、サンドイッチやクーヘンを――」

「知らない」

即答する少女。

 まさか、極東の国に本拠を置く企業がベルリンのクーダムに出店するこのグローバルなご時世に、サンドイッチやクーヘンを知らない人間がいようとは、誰が思っただろう。ルドは予想の斜め上を行く少女の言動の連続に口元を歪ませた。

「まあ、ほら……あれだ」

笑いを堪えるのに必死になりながら、ルドは言葉を紡ぐ。

「それは見て食べれば分かる。多分不味くはないし――空きっ腹には何か入れないと」

ルドは立ち上がり、少女に手を差し伸べる。

「詳しくは何か食べたり飲んだりしながら話そう。それがいい」

少女はルドの差し出された手を見て、一瞬きょとんとした。ルドの顔を見上げると、彼はぎこちない笑顔を浮かべている。少女は再び視線をルドの手に戻すと、自分も手を差し出した。ルドは少女の手を握ると、彼女に起立を促す。

「立って」

ルドの言葉に促されるまま彼女は立ち上がった。彼女の肩に掛かっていたルドのコートが同時にずり落ちる。

 すると、またもや驚くべきことが明らかになった。彼女は着ていたワイシャツの前も閉めず、ジーンズのファスナーも上げていなかったのだ。立ち上がったと同時に彼女の色白の肌や鎖骨の凹凸や膨らんだ乳房の揺れや、肋骨の筋や骨盤の出っ張りを見てしまったルドは、それを理解した瞬間に頬を赤らめた。しかし、そんなルドを見ても何が起こっているかも分かっていない様子の彼女は首を傾げている。

「――フリッツ……」

驚きと呆れと恥ずかしさに、ルドは必死に絞り出したような声でフリードリヒを呼ぶ。

「フリッツ、これは一体、どうしたらいいんだ……?」

ルドは振り向くことが出来なかった。だからと言って、フリードリヒがそれにすぐに答えることも叶わない。

 フリードリヒも、彼女の状態を理解しないことに必死だった。


   *


 少女の着替えをやっと終わらせたルドとフリードリヒは、彼女を適当な椅子に導くと、自分達も彼女の向かい側に配置された椅子に腰を落ち着ける。ルドは女性の服装を整えるということをしたせいか、酷く疲れた様子で、彼はフリードリヒの隣に落ち着くと溜息と共に身を沈めた。

「――ルド、大丈夫か?」

フリードリヒが椅子に腰掛けながら、ルドを見下ろして訊ねる。ルドはずるんと背もたれに寄り掛かったと思えば、前屈みになって顔を覆った。髪の隙間から見える耳が一瞬紅潮する。

「慣れないことはするものじゃないな……」

ルドの言葉は、彼が口元を抑えているせいか籠って聞こえた。フリードリヒは一瞬首を傾げてから肩をぽんぽんと叩く。

「しっかりし給え、ルド。お嬢さんの前なんだぞ」

「うん……」

ルドは頷き、指の間を広げて彼女のほうを見る。

 少女は淑やかに椅子に座ってはいたが、視線だけは忙しなく、ルドが取ってくれたサンドイッチや紅茶や、自分の位置から見える部屋の風景をぐるぐると確認しているようだった。ルドは顔から手を離して彼女に訊ねる。

「あー……お嬢さん? 食べないのか?」

「えっ」

少女は呼ばれたのに気付いて、びくりと肩を震わせた。ルドが花殻の皿に載った長方形に切られたサンドイッチを指す。

「サンドイッチ」

少女はルドに促され、生野菜の挟まれたサンドイッチを掴んだ。野菜を挟むパンのふわっとした感触に、彼女は目をぱちくりとさせる。一瞬、彼女の視線がルドのほうを向いた。ルドは少女の様子を先程よりは落ち着いた様子で見守っている。少女は掴んだサンドイッチを恐る恐る口元へ運んだ。挟まれたレタスが口の中で押し潰され分断され、心地良い音を立てた――

「――っ?!」

少女が目を輝かせる。

「美味しい?」

ルドの質問に、少女はこくこくと首肯する。少女は口の中のものが無くなると、すぐに二口目に取り掛かった。手元のサンドイッチがもう無くなってしまった少女は、次のサンドイッチを取ろうと手を伸ばす。

 しかし、ルドはそれを片手で制した。

「落ち着いてくれ、お嬢さん!」

びし、と腕を伸ばして掌を見せられ、少女はどきりとした様子でルドのほうを見た。サンドイッチを取ろうとした手を下ろし、膝の上に載せる。

 ルドはその様子を見て「あ……」と声を漏らす。困ったような顔をし、伸ばした腕を引っ込める。ルドは弁解するように言った。

「えっと――慌てなくてもサンドイッチはまだあるし、ゆっくり食べたほうが美味しいと思う。それに、俺達は君のことについて色々訊きたいんだ」

「あ――ごめん……なさい」

「いや、謝らなくてもいい」

少女のしょんぼりした顔に、ルドはまた溜息を着く。

 ルドの横で二人の会話を聴いていたフリードリヒが、一つ咳払いをした。ルドはフリードリヒの顔を見上げる。フリードリヒは温和な表情で「では私から質問をしても?」と前置きして、少女に訊ねた。

「先ずは君の名前を教えてくれないか? いつまでも『お嬢さん』と呼ぶわけにはいかないからね」

少女はフリードリヒの質問に、何故か考えるような素振りをした。暫く首を傾げたかと思うと、困った様子で表情を曇らせる。それを見たフリードリヒが重ねて訊く。

「自分の名前が思い出せないのか?」

少女はその問いに答える代わりに、俯き、首を縦に振った。フリードリヒが苦笑する。

「困ったな……どう呼べば良いやら分からないとは」

「構わないさ」

ルドが言った。フリードリヒがルドに問う。

「何故?」

「俺が後で良さそうな名前を贈るからだ」

フリードリヒが驚いた様子でルドを見る。少女も顔を上げて丸い目で彼を見た。

 そんなこともお構いなしに、今度はルドが彼女に訊ねた。

「単刀直入に訊ねる。何故、森の中を豹の姿で駆け回っていたか分かるか?」

少女は俯いて答える。

「分からない」

彼女は膝に置いた手で、ジーンズの布地を握り締める。

「敵に街を焼かれて――森の中を逃げ回って。逃げ切れたと思ったの。そしたら、聞いたこともない、雷みたいな音がして、びっくりして、また炎に捉えられて……」

「気が付いたらここ、と」

「そう」

ルドの言葉に少女は首肯する。

 ルドは首を疑念を抱いた。彼女の言う『雷みたいな音』とは、フリードリヒの率いていた歩兵隊のライフルの銃撃の音だろう。その後の炎も〝月下の狩猟行〟に違いない。だが、この御時世、街を焼くなどという蛮行を戦争状態でもないのに誰が行うのだろう。

 今度は少女が顔を上げて彼らに問うた。

「ねえ教えて。ここはどこ?」

少女のほぼ泣き顔でのその問いは、彼らには必死の訴えのようにも見えた。ルドは溜息を一つ着いてから、はっきりとした通りの良い声で答える。

「ここはドイツ連邦共和国の首都ベルリン」

「――の、エリュシオンと呼ばれる場所だ」

「『ドイツ』? の――『エリュシオン』?」

フリードリヒの付け加えた言葉を少女が反復する。当然だ、馴染みの無さ過ぎる言葉だったのだから。彼女の疑問符に答えたのはルドだ。

「エリュシオンとは、ギリシャ神話に於いて神々に愛された英雄達の魂の住まう死後の楽園とされている場所だ。しかしここは実際のそれとは違う。ここはその名を恐れ多くも拝借してしまった、魔法使い達が管理する、物質で構成された現世と対を成すエフェメラ製の空間――とでも言えばいいのか?」

答えておいて、ルドは隣にいるフリードリヒを見た。フリードリヒはルドと顔を見合わせて、

「私に訊かないでくれ、ルド」

とぴしゃりと言う。

「君がその魔法使いだろう? しっかりしてくれ給え」

「『魔法使い』?」

少女が呟く。

「『魔法使い』? あなたが?」

「そうだ」

彼女の質問に、ルドは自らに掌を当てて指し、きっぱりと、堂々とした態度で名乗りを上げる。

「俺は魔法使い――旧プロイセン王から直々に〝運命の輪〟の称号を享けたれっきとした魔法使いだ」

「『プロイセン』? の、『魔法使い』……」

ルドの、まるでその『魔法使い』という自分の身分の誉れ高さを全身で表すかのような態度に、少女は自らの知る『魔法使い』像と彼とに違和感を感じつつも息を呑んだ。彼の周囲の空気が、雪の結晶のように煌めいてすら見える。

 しかしフリードリヒは紅茶を啜りながら、その空気を破ってこう付け加えた。

「今はちょっとした魔術企業の社長でもあるがね」

「フリッツ!」

ルドが落胆したような怒りを叫んだ。途端、先程までの煌きを放っていた空気が吹き飛ぶ。

「せっかく威厳を演出していたのに、そのタイミングで『社長』は無いだろう!」

「事実だろう?」

「神秘性に欠ける」

「事実を虚飾してどうしようと言うのか」

「う……」

ルドはフリードリヒの弁に、反撃しようも無くなったらしい。腕までも振り上げていたが、どこへもやりようが無くなったそれを、ルドは渋々引っ込める。

ルドはすっかり蚊帳の外にしていた少女のほうを見て、こっ恥ずかしそうに訊ねた。

「あー……他に質問はあるか?」

「あの――」

少女はルドに言われるがまま、一つだけ彼に訊く。

「プルーセンは――プルーセンは、どうなったの?」

「え?」

今度は彼らがきょとんとする番だった。

 彼女は今、『プルーセン』と言ったのだ。

 彼女は彼らの唖然とした態度に、念を押すようにもう一度言う。

「プルーセンはどうなったの? あいつらに街を焼かれて、あたしがここに来た後、プルーセンはどうなったの?」

「――『プルーセン』?」

ルドは少女の言葉を鸚鵡返しする。

「『プロイセン』ではなく『プルーセン』?」

「『プルーセン』」

 ルドは再度彼女の言葉を聞いて、思考の中の引っ掛かりを確実なものとした。彼女の言う『プルーセン』とは、彼らが『プロイセン』と呼ぶものの旧い呼称ではないか。

 彼は彼女の冗談ではない、真実を求める真っ直ぐな目を前に、何も答えられなくなってしまった。少女の疑問に答えるためには、自分の疑念は酷く邪魔過ぎる。十三世紀に信教の徒によってドイツ化され、ポーランド化された地域を、どうして現代の人間が今更気にするのだろう?

 少女は黙り込んだルドを見て眉を顰めた。その時だ。

「お嬢さん」

フリードリヒが二人の沈黙に割って入った。二人は長身のフリードリヒの顔を見上げる。

「お嬢さん、プルーセンは大丈夫だ。安泰だよ」

「本当に?」

「ああ。本当に」

少女は首を傾げて微笑みかけるフリードリヒの目を見る。ルドにはこのフリードリヒの表情が取り繕ったようには見えない。フリードリヒは続けた。

「プルーセンはプルーセン人とドイツ騎士団との間をシトー修道会が取り持つことによって、争うことなく周辺地域と交流している、と聞いているよ」

「――そう」

と、彼女は答えた。嘆息し、椅子に身を預ける。

「プルーセンは、無事、なんだ……」

だが彼女の表情は今一つ、疑問の消化しきれていなさそうな様子で曇ったままだ。ルドはそれを見て、長く溜息を着き、ぎゅ、と目を閉じて言った。

「――仕方無い」

彼は目を開けると、力強く、勢い良く立ち上がる。

「専門家の力を借りよう――教会に連絡して来る」

その言葉にフリードリヒは耳を疑ったように眉を顰めた。

「『教会』? ジギのところへ行くのか?」

「だから言っただろう、『仕方無い』と」

ルドは目頭を押さえた。涙が溢れるというより、目の奥が重そうな様子だ。

「俺だって余り頼りたくはない。でも奴の実力は確かだ。何しろ〝女教皇〟だからな」

「確かにジギの実力は一流だ」

フリードリヒもまた、困ったように眉間を掻いて言う。

「それに彼女の言動には謎が多い。それを細かく調べるには残念ながら我々では力不足だ。元より君の言に逆らう気は更々無いが――」

「そういうこと」

ルドはまた一つ息を短く吐くと、そのままうんざりした様子で部屋を出て行ってしまった。フリードリヒは彼の後を追うように、彼が出て行った後の扉を暫くぼんやりと見つめていた。

 少女は不安そうな眼でフリードリヒを見る。

 フリードリヒは自分のカップに残った紅茶を飲み干すと、彼女を見て微笑んだ。

「心配無い」

 何が心配無いのだろうかと、彼女は思った。

 フリードリヒは続ける。

「あの様な様子だが、彼はいざという時は粘り強く頑張る人間だ」

フリードリヒは穏やかな顔で、ルドのことをそう評する。少女には、それがまるで子供の成長を微笑ましく見守るような親のようにも見えた。顔の作りは全然似ているとは思えないのだが。

 彼女はそんな二人の様子が不思議に思えたのか、彼にこんなことを訊いた。

「あの、あなたは何ですか?」

「ふむ」

訊ねられたフリードリヒは一息着いて答える。

「私はフリードリヒ・ヴィルヘルム・ニコラス・カール・フォン・プロイセン。このエリュシオンに棲む死者の一人で元プロイセン王兼ドイツ皇帝、今はルドの父親代わりをやっている者だよ」

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