彼が憧れたのは、父が息子を殴り殺す絵だった。
或る年の迎春、神喰幸太郎は両親に連れられて東京に来ていた。年末年始であるので観光をしよう、という計画であった。上野を訪れたのは、帰りの新幹線に乗るためだけではない。幸太郎が「美術館に行ってみたい」と主張したからだ。父親は渋々承諾したが、しかし眉間の皺が深く刻まれていたのを幸太郎は見逃さなかった。父親はしきりに、上野ならば科学博物館のほうが面白いのではと提案して譲らなかった。
美術館は森の中にあった。冬とは言え、地方ではなかなか見ることの無い人出の多さだ。降雪は無かったが、すれ違う人々はコートにマフラーを着用し、手袋をした両手を擦り合わせ、白い息で温めている。外まで伸びた観覧待ちの列からは、そうした白い息が上がっていた。
どのくらい並んだだろうか。展覧会会場では、壁じゅうに様々な絵画たちが飾られていた。
名前くらいは知られた作家の奇妙な油絵、ぼんやりした印象の風景画、教科書で見た気がする歴史画、赤子を抱えた女性を取り巻く天使達が可愛らしい宗教画、などなど――
神喰親子は観覧の列に従いながら、それらを無関心混じりに流し見ていった。幸太郎も「美術館に行ってみたい」と言い張った手前、熱心に見ているふりをしたが、絵画の鑑賞法もろくに分からなかったのもあって、傑作の前に圧倒されるだけだった。
けれどもこの展覧会が幸太郎の印象に強く刻まれているのは、憧れた絵と偶然にも対面出来たからである。
それは大人たちの身長をゆうに超える大きさのキャンパスに、油彩で描かれていた。頭から血を流す青年。それを抱える老人。老人は止血を試みようと、手を青年の頭の傷口に添えていた。悲しそうな表情を浮かべる老人は、そのギョロリと丸い瞳から今にも落涙しそうに見える。しかし彼らの足元に転がる凶器と思しき杖が、この惨状を引き起こしたのが老人自身であることを伝えてきた。
初めて見たこの絵に、幸太郎は息を飲んだ。絵画は静止画であって映像ではない。けれども絵画の中で、老人が自ら殴った息子を抱きかかえて、後悔の念で「すまない……すまない……」と呟くのを、幸太郎は聴いた。彼は一枚の絵でこのように多くを物語れることを知ったのだ。
自分の頭の上で父親が「怖い絵らね」と母親に話すのが耳に入った。母親は相槌を打っている。父親の言葉にすら関心が無い様子だが、相槌が返ってくるので父親は続けた。
「こんな怖い絵のどこが良いのか分からねて」
「そうねえ」
展覧会の出口へ向かう列に続きながら、母親は答えた。
「きっと分かる人には分かるんらね」
この言葉に、『分かる人』になれたと思った幸太郎は少し自信をつけた。少なくとも絵のことであれば、他の人にも――恐れている父親にすら――負けない気がした。あの絵のほうを振り向きながら、頑張って絵の稽古をして、いつか自分もあの絵のような絵が描きたいと思った。
その時、ふと肩に温かいものを感じた。見ると石膏で出来たような、白くてスベスベした、しかし美しい手が置かれてある。母親とは手で繋がれていたし、父親の浅黒い手は目の前だ。しかも美しい手は、手首から上は透けるようにして消えていた。
幸太郎は目を見開き、両親に伝えようとしたが、けれども他の人の肩にも同じような手が置かれているのを見て、言うのをやめた。きっとこの手は幸太郎だけに見えているのだ。
幸太郎はこれ以来、この美しい手のことを「天使の手」と呼んでいる。
紫煙を吐き出しながら、幸太郎はけれども今はそんな夢のようなことを考えている余裕など無いことを思い出した。
彼は上野に借りているアパートの一室に居た。幸太郎の目の前には洋々とした輝く未来ではなく、点々と染みの付いた部屋の灰色の壁が広がっている。部屋の隅には白いデスクが置かれてあり、画像加工アプリが立ち上がったまま放置されたパソコンのディスプレイが煌煌として青い光を放っていた。しかし幸太郎はそこで作業をしているわけではなく、部屋の中央のちゃぶ台に相対して煙草を吹かしている。幸太郎が横を向くと、申し訳程度の大きさのテレビが今日のニュースを伝えた。
『厚生労働省は今日、都内で新たに○○人が新型感染症に罹患していることを確認したと発表しました。一週間前より✗✗人増加し、前の週の同じ曜日を上回るのは五日連続です――』
それが流れるのと同じに、ちゃぶ台の上、コンビニで買った牛モツの容器の横に置いてあった幸太郎のスマートフォンが震えた。SNSを通じて、彼の通う大学から通知が届いたのである。幸太郎はスマートフォンの画面を開き、SNSのアプリを起動すると、先程通知を届けてくれた大学のアカウントを一瞥した。
『新型感染症対策のため、大学構内の閉鎖期間を延長します』
幸太郎はスマートフォンを投げた。溜息をつき、力無くフローリングに倒れる。絵描きになる夢を叶えるため、長い準備期間を経て今年度やっと芸術大学に入ったのに、ちょっと病気が流行ったために通えないなんて! せっかく芸術大学通学を視野に入れて上野にアパートを借りたのに、今ではバイト先だったコンビニにすら通えていなかった。入学式に向けて買ったスーツもろくに着られることなく防虫カバーに包まれたまま、幸太郎はスウェットパーカーに長袖Tシャツ、ゆるいシルエットのズボンに包まれる日々を送っていた。視界の隅では油彩画の習作たちが存在感を放っている。それらで積み上げてきた準備が活用される未来が想像出来ないのが悲しくて、幸太郎は起き上がった。彼の肩には相変わらず〝天使の手〟が置かれていて、芸術を志す彼の心の支えになっていた。しかしいかに天使とは言え、新型感染症を止める力は無い。幸太郎はレモン味のチューハイの五〇〇ミリリットル缶を一気に呷る。酔ったらちょっとでも油彩画たちの未来が見えるかと思ったのだ。
幸太郎が視線を正面に戻した時、しかし見えたのは未来想像図ではなく、見慣れない黒い大型犬であった。幸太郎は頭を傾げ、太い縁の眼鏡を掛け直す。酔って変なモノが見えているのではないかと思ったのだ。疲れて隈の消えない目元を擦り、瞼を瞬いてそこを見直した。けれども大型犬は変わらずそこにいる。
更に奇妙なことに、黒犬はその姿をスライムのようにドロドロに崩した。すると溶け落ちるでもなく、形をまた奇妙なものに変えてゆく。山羊の頭の下に人間の女性の胸元が続き、くびれた腰の下にはおとぎ話のように魚の足が現れた。床に手を着いて身体を支えると、昆虫の羽化のように背にコウモリの翼を生やす。
一通りの変態を経た黒犬だったモノを前に、幸太郎は目を見開き、腰を抜かした。見たことも、聴いたこともない、信じられない現象を目撃したことに、幸太郎は混乱していた。対する山羊頭の怪物は、その様子を眺めながら山羊のいななきを上げる。さながら幸太郎に嗤いかけているようであった。
「な……なんなん……」
幸太郎は目の前の山羊頭の存在が夢の出来事ではないことをやっと飲み込み、驚きの声を絞り出した。
「何だこの山羊頭?!」
山羊頭はあくまでも落ち着き払っている。それどころか、魚の尾鰭そのものの形をした脚をニョロニョロと動かしながら立ち上がり、幸太郎に向かってうやうやしく頭を下げて見せた。
「これはこれは失礼致しました、神喰幸太郎様。わたくしめは一介の悪魔、土足で部屋に上がる無礼をお許しください」
山羊頭は自分をサラリと〝悪魔〟だと名乗った。それが幸太郎に事情を飲み込ませることをますます阻害した。
その時、幸太郎はあることに気がついた。自分の肩に置かれている例の天使の手が震えているのである。さながら恐ろしいモノが現れたことに対する怯えを表明しているようであった。
悪魔は幸太郎の事情など知らぬかのように話し続ける。
「実はある御方のため、貴方に御足労頂きたいのです」
すると、いきなり悪魔の手が幸太郎の腕へと伸びた。近づこうとするそれを振り払おうとする彼の腕を難なく捕まえる。
「やめろッ、ばっちいな!」
幸太郎は捕まえられた腕をぶん回した。
一方で、天使の手もまた幸太郎を離さんと、彼の肩をがっちり掴んだ。それは幸太郎を応援するようでもあった。
それを見て、悪魔は舌打ちした。悪魔は天使の腕を捉えると、掴んで容易く投げ飛ばした。
「お前は要らない、邪魔だ!」
幸太郎は悪魔の叫びの先を見た。天使は幸太郎の後方へ、壁をすり抜けて消えていく。彼には天使が泣いているように見えた。
天使を追い払った悪魔は優位を取り戻して自信を付けたようだった。清々しい様子で悪魔は嗤う。
「離れないでくださいよ?」
悪魔がそう言うや否や、幸太郎の周囲の風景が変貌した。
壁に掛かっていた時計の針が、像を残して逆に回り出した。さらにその時計そのものが、ダリの絵画のようにとろける。部屋の隅で存在を主張していたキャンパスに塗られていた油絵の具は、流れ落ちながら顔料の粉末と溶剤であった油に分離した。テーブルの上にあった灰皿の中の煙草の山は、急激に勢いよく燃えながら容量を増した。煙草の山は炎を伴ってテーブルや床の上へ溢れていく。そこへテーブルやデスクに置かれていたコップやペットボトル、缶から溢れた内容物が合流し、激しく燃え上がった。家具すらも爆発して部品のひとつひとつが周囲を舞っている。
それらの様子を呆然と見守っていた幸太郎だが、しかし自分自身にも変化が起きていることに気付いた。自分の背中から、何かが金太郎飴のように伸びていたのだ。金太郎飴は燃え上がる部屋を出たり入ったり、右往左往しながら伸びている。よくよく目を凝らすと、断面はいつかの自分の姿そのもののように見えた。
幸太郎は急に酔いが回った気がした。酔いは回らずとも、見たことも聴いたことも無い現象を前にして目が回っていることは確かだった。彼は胸元で渦巻く怖気に耐えられず、服の前と首元が汚れることも構わず、それを吐く。するとまた、吐瀉物も噛み砕かれた状態から元の形状がどのようなものだったか分かるまでになり、けれども完全な姿に戻ることは叶わず、ボロボロになって崩れた。
「何だ、これ……」
口の中が唾と胃液とが混ざったまま、あぶくを含みながら幸太郎は呟く。それを見て悪魔は答えた。
「時空間移動酔いです! なあに、すぐに慣れます!」
全ては崩れながら燃え上がっていた。炎は幸太郎を包もうとしている。幸太郎は炎を拒むように藻掻いた。
その時、幸太郎の振り払った手の甲が、悪魔の横面を思い切り叩いた。突然音高く引っ叩かれて、悪魔はひるんだ。痛がる悪魔を見て幸太郎は決心する。
「今だッ」
幸太郎はぐるぐると掴まれた腕を回すと、悪魔の腕を振り解いた。そして悪魔が再び幸太郎を捉えるのを待たず、彼は悪魔の脚の尾鰭を掴み、炎へ投げ込んだ。
「ギャッ」
悪魔は人間相手に遅れを取ったことが悔しいのか、それともただ痛いだけなのか、声の限りに泣き叫んだ。
「痛い、熱い〜ッ」
その瞬間、幸太郎は奇妙な空間に投げ出された。周囲で燃え盛っていた炎は消え去り、代わりに彼のすぐ脇に巨大な焚火が現れた。そのすぐ側の地面に落下し、幸太郎は身体を打ち付ける。苦悶の呻きを漏らしながら、幸太郎は周囲を見回した。
そこはいくつかの松明が照らす洞窟のようだった。丸い岩窟の中で、壁面に沿うように、ローブやカウルを羽織り仮面を着けた者たちが何列も立っているのが、橙色の明かりで浮かび上がった。彼らは焚火の中で悪魔がのたうち回っているのに驚いているようだ。何しろ、幸太郎が腰を落ち着けているところを含め、焚火の周囲には魔法陣らしき模様が描かれていた。
ローブやカウルの者たちは、幸太郎の知らない言語で話し合っている。
「Non pensavo di poterlo evocare. ……」
「Ecco il diavolo!」
「Concedimi la vita eterna!」
「Preparare l'offerta.」
「Datemi ricchezze senza fine!」
「Fatelo in fretta, prima che il Papato lo scopra.」
「Datemi la donna più bella del mondo!」
幸太郎は冷汗をかきながら後ずさりした。幸太郎は大学での講義でもいくつか外国語を勉強したが、今聞いた言語はそれらのどれとも違ったし、例え何語か分かったとしても理解出来る気がしなかった。とにかく自分の部屋でも、近所でも、地元でもない場所に居ることが分かったのだ。
しかも突然、群衆が大挙して幸太郎のほうへと動き出したのだ。皆して統率も無く、洞窟の中央にいる幸太郎の元に集まろうとしている。
幸太郎は息を荒くしながら急いで立ち上がった。ここがどこかは関係無く、群衆がこちらへ覆いかぶさって来るのが恐ろしかった。幸太郎は群衆とは反対に走り出した。彼の走る後ろから、炎に炙られる悪魔の苦悶に満ちた声がしたが、無視する。
群衆の居る広間を抜けたところで、正面から松明のやって来るのが見えた。足音と明かりの数から、それがそこそこ大勢だと分かる。
「Toglietevi di mezzo! È lo Stato Pontificio!」
幸太郎はそれを見て怖気づいた。次から次へと知らない物事が起こり、混乱していた。向こうからやって来る者たちが敵であれ味方であれ、とにかく捕まりたくなかった。
彼は相手側から見て影になっているところに身体を押し込んで隠れた。通路が少しずつうねっている形だったことが幸いしたのだ。息を殺して大群をやり過ごし、幸太郎は外へ出る。
幸太郎はやっと一息着いた。やっと様々なモノから解放された心地であった。しかし、ここで立ち止まっているわけにもいかないことに、すぐに気付かされた。スウェットとTシャツばかりの服装に、外の空気がとても染みたのだ。それは先程まで暖房の効いた室内に居たので外套など羽織っていなかったことや、止んですぐの雨に足元の石畳が濡れていたから、だけではなかった。相変わらず知らない場所だったことや、明かりも少なく、街に人影が奇妙な程見当たらなかったことが、幸太郎を不安にさせた。
幸太郎は頭を抱えた。教会やどこかに保護を求めるべきだろうか? この考えはすぐに却下した。幸太郎はあくまでも悪魔に連れて来られたのだ! 洞窟内で聞いた言語は、いずれも理解出来ないものだった。きっと自分が話す言葉も、相手には理解出来ないだろう。悪魔との関連を怪しまれたら、一巻の終わりである。
その時、突然鐘の音が轟いた。ここは教会のすぐ近くなのだろうと幸太郎は考えた。後ろの洞窟の入口からは、大人数が騒ぐ声がした。きっと洞窟の中の大群と、すれ違った人々との争いが行われているに違いない。
幸太郎はスリッパと靴下の足元のまま、鐘の音とは逆の方向に歩き出した。今は教会と関わることは避けたかった。自分を怪しまないひとと話したかった。とは言え、このままでは埒が明かないことは明らかである。幸太郎は明かりが見えた建物に近づき、ドアをノックした。すぐ自分の頭に思い浮かんだ英語で相手に呼び掛ける。
「僕を助けてください。どうか家に入れてください」
しばらくすると、ドアが恐る恐る少しだけ開かれた。隙間からはショールを肩にかけた女性が訝しげに幸太郎を見ている。幸太郎は精一杯の笑みで頬を引き攣らせながら、繰り返して言った。
「僕を助けてください。どうか家に入れてください」
しかし突然、幸太郎の前に現れた希望は打ち消された。急に背後から人間の叫びが轟いたのである。それを聞いて、ドアの向こうの女性は慌てた様子で扉を閉じた。音高く閉じられたドアを前に、幸太郎は立ち尽くした。思わず「え?」という声が漏れたのを自分の耳で聞いた。
状況を把握するより前に、再び背後から人間の叫びが聞こえた。その声は、明らかに先程より近付いて来ている。
幸太郎は新たな不安で震えた。何か恐ろしいモノ、悪魔や怪しい群衆、それ以上の存在が絶望を引き連れてやって来る予感で、彼の心臓は暴れていた。
実際、二〜三人の人間の足音が迫ってきている。けれども奇妙なことに、それらの足音はずるずると脚を引き摺る者、不自然な程高らかに石畳の上を跳ね回る者と、極端な特徴を持っているようだった。しかもそれらは、肉の腐った臭いを纏っている。幸太郎は一人暮らしを始めた頃、血抜きをしないで、うっかり保存方法を間違えて放置してしまった時の食肉の強烈な臭いを連想した。
幸太郎は怖気を感じながら、そっと振り返った。その時突然、耳元で人間の怒号が轟いた。幸太郎は思わず飛び上がる。人間の、しかも見るからに腐りきった屍体が動いていたからだ。
幸太郎は脇目も振らずに走り出した。スリッパが脱げて転ぼうが関係無かった。どこを目指すわけでもなく、滅茶苦茶に走る。けれども目の前から人間の屍体は消えてくれない。目の前から屍体が迫って来るわけではない。彼の網膜にその映像が貼り付いてしまったようだった。
どのくらい走っただろうか。幸太郎は建物のドアに行き当たり、勢いよく身体ごとぶつかった。見れば明かりが漏れている。
人間の動く屍体の足音と呻く声、そして別の人間の怒号が遠くに聞こえた。けれどもそれらが近付いて来るのは、幸太郎にはよく分かった。
幸太郎は必死になって拳をドアに叩き付けた。
「プリーズ・ヘルプ・ミー! プリーズ・ヘルプ・ミー! プリーズ・ヘルプ・ミー! プリーズ……」
彼は最早半泣きになっていた。これが最後のチャンスだと思ったのだ。これを逃したら、屍体に喰われるか、勘違いした教会勢力に拷問されるか、生きるか死ぬか、分からなかった。幸太郎は叫び続けた。
すると唐突に扉が開いた。こちらを伺う様子も無く、問答無用で建物の中へ引き込まれる。引き込まれた幸太郎の足先で、腐って骨の見える屍体の指先が蠢くのが見えた。しかしそれが幸太郎へ届くことは無い。寸前で扉が閉められたのだ。助かった。幸太郎は安心感で脱力する。
周囲ではこの家の主人と夫人、使用人だと思われる人々によって、何かが話されていた。幸太郎は外国語学習で得た感覚から、それがドイツ語だと感じた。
「大丈夫?」
「彼を早く中へ案内しろ」
幸太郎は女性たちに奥の部屋へ連れて行かれた。背後にある自分が入ってきたドアの向こうから、屍体たちと他の何者かによる悶着の音や怒号が聞こえる。幸太郎の代わりに、奥から出てきた身なりの良い男性がドアに向かって行く。この人物が、自分を助けてくれたのだろうか? 幸太郎は男性に向かって話しかける。
「僕は……」
言いかけるが、それは男性によって制止された。幸太郎はそのまま、奥の部屋へと連れて行かれた。
これが幸太郎と、友人となるヴィルヘルム・フォン・フンボルトとの出逢いであった。